退院 (*ポーランドで出産 完結)
次回に続くとか書いておきながら一ヶ月近く放置してしもうた・・
ポーランドで出産、今日は最終よっ 
前回からの続き → 4人部屋から1人部屋へ

プライバシーも何もない大部屋から シャワー付きの快適な個室(鍵付き)を
あてがわれ有頂天になったうち。

これで面会もこの部屋で気兼ねなくいつでも出来るし、シャワー・トイレが部屋の中に
あるってのも有り難い。

息子はうちが個室へ移ったと同時に 早速黄疸の治療を受けることになったんじゃ。
当初は1-2日で良うなるじゃろう、たいして深刻じゃないじゃろうと言われとったのに
いつまで経っても良うならん、それどころかビルビリン値とやらが上がる一方でね・・・
毎朝血液検査のために手の甲に針さされて血を採られるんじゃけど
その跡が青くなって痛々しひ。

毎日夕方ごろ、お医者さんが問診のために部屋を訪れてくれるんじゃけど
 値を聞いてはガッカリする日々じゃった。

5日ぐらい経った頃かね、うちの体はもうすっかり回復したんよ。
通常は普通分娩だと2日目にもう退院するみたいじゃけえ、経過さえ
良ければうちもとっくに退院してもええんじゃけど・・・

お医者さんや看護婦さん曰く、授乳のため通うのも大変でしょう。部屋はあるし
子供がいる間あなたも入院しときなさいよ、と。

確かに、座っとるだけで食事は出てくるし、公立病院じゃけ無料じゃし、
赤子のそばにずっとおられるのはええよねと思って ありがたく一緒に入院させて
もらうことにしたんよ。

出産して1週間が経過したある昼下がり、うちが昼食のスープを食べよる時に
コンコンとノック音がして看護婦さんが入ってきた。
そして「あ、食事中なのね。○○しようと思ったんだけど、じゃあ後でまた来るわ。
道具はここに置いておくわね」と。
○○の部分が知らん言葉だったけえ、何なんじゃろう?と思ったんよ。

彼女の持ってきた道具を見てみると、なになにハサミやら糸みたいなものやら
注射やら医療用品がずらり。
くぉ、くぉ くぉれは・・・もしかして会陰の傷の抜糸じゃ!と思ったときには
食欲もすっかり失せてしもうた。

取り合えず急いでシャワーを浴びて ”その時”に備えたわ。
しばらくすると看護婦さんがやって来て、紙シートを一枚
うちのベッドへ敷いて 「この上に寝て。今から抜糸するから」と。

や、やはりか。
看護婦さんはうちの傷跡を見て 「うわあ~痛そううう!これは痛いわ
ゴメンネ」と言うと糸を取り始めた(もちろん麻酔なんて無いわよ)
ひどく痛かったけど、糸を取ったら随分楽になったのを覚えとる。

出産して8日が経ったある朝、遂に 遂に息子のビルビリン値が平常値に
戻り退院許可が出たんよ。

退院の日、旦那がお医者さんや看護婦さん皆さんで召し上がってもらうよう
コーヒー、紅茶、お菓子などの詰め合わせのバスケットを持って来たけえ
それを医務室に持っていったら 看護婦さんが 「やっと退院出来るのね!
おめでとう!!」と喜んでくれ 
「あなたは一度も文句を言わなかったわね」とも言ってくれた。
そして皆からハグを受け(この辺がポーランドらしい♪)
爽やかな気持ちで 病院を後にしたんじゃ。

自身の出産を振り返ってみると、ポーランドで出産したことは
良かったなと思うとる。
夫婦で出産を迎えられたのが良かったし、個室でゆっくり
出来たのも良かった。
それに何が良かったって、出産の時 叫び放題でも
怒られんかったのが良かったww

これ日本だと絶対怒られとったと思うわ。
母親でしょ!しっかりしなさい!等等

産後も うちら夫婦だけで乗り切れるかなと産む前はちょっと不安だったん
じゃけど、8日間も入院しとる間に体調はすっかり元通りになったけん
退院後から 旦那は仕事に復帰して 
うちは赤子と二人との生活が始まった。
何とかなるもんよ。

これから ポーランドの公立病院で出産を考えている方は 
プライバシーが無いことは心にとめておいて下され。
出産前から 個室を予約しとったら 多分産後すぐその個室に
移れるんだと思う。有料じゃろうけど。

そして退院の際は ちょっとしたお心付けを渡すのをお忘れなく~








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4人部屋から1人部屋へ
前回からの続き→ 産後

あまり眠れぬまま朝を迎えたうち。
朝になって 出張から帰ったと主治医の先生が駆けつけて来てくれたんよ。
ほして「聞いたわよ!壮絶な出産だったんだって?でも無事生まれて良かった」
とお言いになられた。
壮絶な出産と伝わっとったわけね・・・まあ、ほんとそう。
この時ほど医師の偉大さに感謝した時はなかったわ。
お医者さんなしでは、絶対産み落とせんかったと思う。

午前中、義両親が赤子を見に病院へやって来たんよ。
面会をする時は、基本的に面会室を使うキマリなんじゃけど、結構な人がその
キマリを破って部屋に直接来よったわ。

義両親が子を見てくれとる間、うちはシャワーを浴びることに。
ああ、これが恐怖恐怖。
何せあれだけ裂けたけえね、さぞかし痛かろうと。
シャワー室はしきり無しのスペースに(やっぱりー!)シャワーヘッドがぽんぽんと
4つぐらいあった。イメージでいやあ銭湯とか行ったときに入り口付近に
シャワーが3-4つあるじゃろ?あんな感じよ。
ここでも丸見え出血サービス!

午後、同室の二人は早々と退院していった。
うちも調子が良けりゃ明日にでも退院かなーと思っとったところ赤子に
強い黄疸が見られるんで、翌日から特別な治療が必要と言われたんじゃ。

その日の夜のことよ。ベッドでウトウトしよったら、突然看護婦さん2人に
叩き起こされた。
「個室が空いたから そっちに移りましょう。ほら、私は赤ちゃんを持ってあげる。」と。
もう一人の看護婦さんは「私は靴を持ってあげるから、あなたはカバンを持ちなさい」
と言われ、寝ぼけて何が何だか分からんまま 移動したわ。

後で考えれば、どちらかと言うと靴じゃのうてカバン持って欲しかったな、なんて。
入院グッズ一式入っとってぶち重いのよww

移された部屋はホテルのような快適な個室!
冷蔵庫、トイレ、シャワー付き!

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どうやら 朝から黄疸の治療が始まるけえ、個室の方がええじゃろう空きもあるしということで
無料で使わせてもらえるらしい。ラッキー!


翌日の朝、おむつ一枚にされ、目には眼帯をし、箱のような治療器の中で
特別な光を当てられた息子。
基本的に授乳とおむつ換え以外は そこから出しちゃいけんと言われたんよ。
この中で治療をして良くなれば翌日には退院できるとのこと。

当直の看護婦さんらは ええ人たちで 息子を見ては
「わあ、何て大きい赤ちゃんなの!産むの大変だったでしょう」と言ったわ。
「そりゃそうです。このバカデカ頭が中々出てこんで
股ぐらがバリバリに裂けてしもうたんです」・・・・ゆーて言いたいぐらいだった
けど、下品じゃけ 止めといた。
代わりに薄ら笑いを浮かべるだけにしといたわ。


(続く)







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産後
前回のポーランドで出産の続きから→ そして出産

ストレッチャーにのせられて別室へ運ばれたら、そこには赤子を抱いて突っ立っている
旦那がおった。妊娠中から、お腹に話しかけたり特に気にかけたりすることがなかった
旦那はいきなり父になっちゃったよ!どうしようという戸惑いでいっぱいの顔じゃった。
そこでゆっくりする暇もなく、旦那は大学へ行かねばならんかったんで
行ってしまわれた。

部屋に残されたのは私と赤子のみ。

ポーランドでは、普通分娩なら生んだ瞬間からもう母子一緒なんよ。
股が裂けまくっとったうちは座るのも立ち上がるのも痛くて痛くて、ひーひー言いながら
起き上がって、おむつ替えたり抱っこしたりしよった。

そこへ授乳指導の助産師さんが来て、一通り教えてくれたあと、その個室で6時間
過ごしたあとは4人部屋へ移されることになったんよ。

この4人部屋、カーテンなんてものはなく、授乳も内診も丸見えよ。
産んですぐは産後の傷口を見にお医者さんがやって来るんじゃけどね、そこで
はいパンツお脱ぎなさいとなるわけ。
まー同じ女性同士じゃし、お互い赤子を産んだばっかりで 皆他人のことなんて
どうでもええって感じだったんじゃけど、カルチャーショックを受けたわあ。

4人部屋に移動してから午後5時ぐらいにパンが3切れとバター、クリームチーズが
出されたんじゃけど、パンはいらんわと食べんかったんよね。
オヤツみたいなもんで、どうせ夕食があとで来るんじゃろうと。
じゃが!それが夕食だったみたいなんよ。
後でものすごいお腹が空いて後悔したわあ。

一日のメニュー こがぁな感じ

朝ごはん

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昼ごはん

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夕ごはん

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息子は生まれたときから よう泣く赤子で4人部屋の中でもひときわうるさく
泣きよった。オムツ替えても母乳やっても泣くんで、ミルクをあげてみてもしばらくしたら
また泣き出す。夜中もビービー泣くもので 周りに悪いし、何で泣き止まないのか
分からず 赤子を連れて夜中廊下をさまよったわ。

そこで助産師さんに見つけられてね 「赤子をちょっと貸しなさい、あなたは部屋で
休んでていいから」と言われ ベッドで休んどると しばらくしてぐっすり眠った状態で
戻ってきたんよ。ミルクを飲ませて毛布でしっかり包んだら寝たわよ、とのこと。
おかげでそれから数時間は起きずに うちもゆっくり寝られたわ。


(続く)


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そして出産
前回からの続き→ それは破水から始まった

(注意 : 血の苦手な方はこの先お読みにならないで下さい)

陣痛がぐんぐん強くなり、この苦しみを声に出さずにおられん状況に陥っとったうちは
周りの妊婦さんらにどさくさに混ざって 吠えよったんじゃ。

そのうち、吠えよった妊婦さんのところが急に静かになったかと思うと
オギャー!という産声が聞こえたんよ。
生の産声って初めて聞いたんじゃけど、何とまあ神聖なんじゃろうと涙がポロリと
零れ落ちたわ。

陣痛が進むにつれて、いきみたい!という感覚が抑えられんようになってきてね。
でもまだ子宮口が充分開いていないから、まだいきんではダメですと言われたわ。
ひい~早う出したい出したい、マジで出したい。
ダメじゃと頭では分かっていながら、体が勝手に気張り出す。
マジで出したい5秒前 (by 広末涼子氏) って感じよ。

♪ ずっと前から この赤子 出したかった 何よりも
   じゃけど マダよって 言われるの 耐えられないわ
   助産師が 部屋を去った その隙を見計らって 
   こっそり力んで 怒られる 大目玉の5秒前 ♪

そんな状態がいつまで続いたんじゃろう。
気がつくと 朝になっとって 病院内は騒がしくなってきたわ。
ここで朝になったことじゃし、と旦那が産婦人科の担当医に電話を
かけてくれたんよ。
「陣痛が始まったら電話してね」とは言われとったけど、さすがに深夜は
電話は出来んけえね。
電話をすると、生憎ながら 先生は今出張でグダンスク市内にはおらんとのこと
取り上げられないのは残念だけど、検討を祈るとのメッセージだけもらったんじゃ。

しばらくして、夜うちを診てくれたのとは違う 別のドクターが現れ 
赤子の心音とうちの状態を確認して
「いいねいいね、初産でこのスピードとはいい感じ。9時間で子宮口が8cm
開いてるよ。君はラッキーだよ。がんばって~!」と言われ
おお、この調子なら もうちょっとでいきみOKの合図が出るかも、やっとゴール!
と嬉しくなってきた。

それから1時間後、遂に いきみOKの合図が出たんよ。
ちなみに、いきんどる間も 助産師さんは付きっ切りじゃございません。
「ええ、息を吸ってえ、思いっきりー!はい、一回!いいよー 二回!」
と言い、ほな!とまた別室へ。

時々様子を見に来てくれては 「はーいいきんでえ!」と合図をして、また
消えていくの繰り返しよ。

不安なり・・・なので旦那がいきみの指導をしてくれたんじゃ。
じゃがアレよね、プロじゃない人に 頑張っていきんでー!1.2.3!とか
言われても全然説得力が無いというか。
助産師さんに言われたら 何が何でも出すぞ!ゆー気になるんじゃけどさ。

しかしね、いきめどいきめど 一向に出てくる様子は無いんよ。
うちの体力も無くなり、陣痛も弱くなってきたけん ここで陣痛促進剤を投与された。
ほいでも 急激に陣痛が強くなってきた、みたいな感じはせんかったねえ。

そこからまた1-2時間が経過してね。
赤子はだんだん降りてきよるみたいなんじゃけど、そこからは全く進まず。

強くいきむと 頭が見えるぐらい 近くまで下りてきとったらしいんじゃけど
そこからまた引っ込んで おしまい。
うちゃ~もうボロボロよ。

助産師さんが数人来て何やら話し込んどるみたい。そして赤子の心音をチェック
して、旦那に聞こえないように ヒソヒソ話を始めたんじゃと
(後から彼に聞いた話によると)
そしてドクターが一気に3人ぐらい入ってきて、このままじゃ危険じゃけー
一刻も早う取り出さにゃいけんとのこと。
鉗子を使って出すか、はたまた他の方法にするか 今急いで話し合っているところ
だとか言われたんよ。
うちは呼吸がよう出来んで 息はもう絶え絶え、記憶も時々飛ぶ。
何でもええから早う出して~という気じゃった。

チラをドアの入り口付近を見たら、研修医が4-5人おったじゃろうか。
え!このヤングな人たちは誰?あ、そうか そういや~見学OKの印に丸を
つけたんじゃったとここでしばし正気に返ったわ。

で、話し合いの結果よ。腕力のすこぶる強そうなドクターがやって来て
「赤ん坊を取り出すのを私が手伝うから、次の合図で思いっきりいきむんだ」
と言うなり、ドサっとうちの上に乗ってギューーーっと押すもんじゃけえ
苦しいのとビックリしたのとで、自分でもびっくりするぐらいの叫び声を
あげてしもうた。
キャーでもギャーでもヒェーでもない、例えりゃアレよ。エクソシストみたいな
ゴォォォォォ!!と人類からかけ離れた音を発声してしもうた。

それから気がまた遠くなり・・・・気がついたら酸素マスクをあてがわれ、隣で手を
握っとった旦那は、近くの椅子に真っ白い顔をして座り込んどった。

「もう一回PUSH!」と言われ、再びドクターにお腹を押されたかと思うと
鋭い痛みと何か生暖かいもんがずるりんと出てきたわ。
赤子を見た部屋の皆は一言 「おっきーいい!おっきいい赤ん坊ね!」と口々に言ったんよ。
それから 助産師さんがいきなりパジャマをべろーんとめくると 生身の肌に
その血まみれの赤子をびたーんと乗せたんじゃ。
ええ、そのまま乗せるんかい?とちとビビッたが、いや~無事生まれて良かったあと
旦那ともども感動の涙を流したのでありましたよ。
それから旦那がへその緒を切り、赤子は別室へ連れて行かれたんじゃ。

赤ん坊の大きさは3550g、56cm。
身長150cmないうちから産まれたとは思えんほどのビックベイビー
まさにポーランドサイズやな。
助産師さんらには 「いやあ、大きい!こんなちっちゃいお母さんの中にこんだけ
デカイ子が入ってたんだからそりゃ出ないはずよ」とか言われてさ。

ふと床をみると床一面血まみれ(ゾー!!)出血過多で意識が飛んだりしたんか
それは定かではないが、輸血をするほどではないと言われて一安心。
じゃが・・・うちの股座(失礼!)は ビリッビリに裂けてしもうとったらしく・・・
助産師さんらには 「うわ~ひどいわ!こりゃ、痛そうーーー」と口々に言われたんよ。
一体どんだけすごいんじゃろ・・・。見えんだけに恐怖はつのる。

しばらくして 縫合担当のドクターとやらがやって来て、
「今からキミを”Fix”するよ~♪」と明るい口調で言うなりチクチクと縫い出した。
縫っている間、彼は色々質問をしてきてね
 「へえ~キミ、日本人なんだ。うちの息子、寿司が大好物なんだよ。ほら、特に
あのクリームチーズが巻いてあるやつ(チクチク)あれ、何ていうんだっけホラ
(スッー チク・・・チクチク)そう、フィラデルフィアロールだよ! 美味しいよね。
この3シティの中でさ、お勧めの寿司屋があったら教えてくんない?(チクッ)」
始終こんな感じよ。

縫い合わされるというのは しかし痛いもんじゃねえ。
あれだけの痛みを経験したんじゃけ、何のこれしき!ここで大和魂出さずに
どうする!と顔をふるわせながら痛みに耐え 「す・・・スシは外では食べないので・・
フゥフゥ・・・分かりません。ハァハァ でもDOM SUSHIが美味しいと フ・・・フウ
聞きました」と息も絶え絶えに答えたら

「え?痛いんだったら遠慮なく言ってくれればいいのに!麻酔するから。遠慮しなくても
いいんだよ~」とサワヤカに微笑みになられたわ。

そしてこの縫合に要した時間は何と1時間!
彼らの言うとおり、相当ひどく裂けていたらしい。
後処置の終わったうちは、ストレッチャーに乗せられて別室へ運ばれた。


(続く)








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それは破水から始まった・・
前回からの続き→ どこで産むか?!

それは出産予定日を数日過ぎた ある晩のことよ。
いつものように夜11時すぎにふとんに入り、眠りについてまもなく
突然バッチーンと破水したんよね。
ほんまにザッバーン!!って感じで、「破水したわ!」と言いながら飛び起きたら
横におった旦那も飛び上がり、いそいそと入院セットバッグを掴み、股に特大バスタオルを
挟んで病院に向ったわ。

真夜中ということもあり、道はガラガラでね。あっという間に病院に着いたんよ。
病院の入り口は閉まっとったけえ、インターフォンを押すと 中から開けてくれて
先生を呼ぶから お腹の張り具合を見ましょうと うちだけ別室に通された。
こん時はまだ陣痛は全然感じんで、ただものすごい量の羊水がどんどん流れてきて
うちゃこんなにお腹の中に水を持っとったんじゃねと多少感心したわ。

やがて先生がやってきた。
若くて感じの良い女の先生で、今の状態やアレルギー等あるか
立会いはするか、出産のとき 研修医が入ってもええかなど簡単な質問をされたんよ。
この研修医の見学にしては、どうしようかちょっと迷ったんじゃ。
あられもない姿を見られとぅないわ~じゃが、数少ないアジア人の出産って珍しいじゃろう
今後の参考のためにも 一肌脱ぎましょうかねとOKしたわ。
それから約10時間後にあんな事が起こると知っとったらOKせんかったかも・・・・

その後 内診を受けて 二階にある 陣痛待機室兼分娩室に通されたんじゃ。
これはええよ~最初から最後まで部屋の移動はせんでええし、しかも個室!
病院の廊下はかなり暗い感じで何となく共産主義のかふぉりがしたんじゃけど
中に入ってみるとそうでもなく、安心したわ。

個室ではあるけれど、隣の部屋の物音はよう聞こえて、妊婦さんの苦しそうな
うめき声も聞こえてきて、ああ~もうすぐあんな痛みが襲うのかしらとドキドキ。
かと思えば、うちの隣の部屋の妊婦さんは、破水はしたものの もう8時間ぐらい
陣痛が来ないままと聞いたけん、もしかしたら うちもそういう状態になるんかな。
あ~どうなるじゃろ!と何とも落ち着かんかった。

何となく勝手に、出産って陣痛から始まることが多いんじゃと思っとったけえ
まさか突然破水するとは思ってもみんかったさ。

ベッドに寝転んで感染を防ぐ点滴をしてもらいながら 旦那とお喋りしよったら
1時間後ぐらいに、陣痛と思われる痛みが数十分間隔で襲ってきたわ。

ちなみにね、他の病院ではどうか分からんけど、うちの出産した所は助産師さん
お医者さん共に 滅多に来てくれんで、点滴の針をさして 子宮口の開き具合を
確認した後、 
旦那に 「そこらに置いてある ペーパータオルで羊水拭いてね」と言い残し
退場されてしもうた。

この羊水がどばどば出よってから、旦那はペーパータオルでせっせと床を拭き
よった。お疲れさんですわ。

こん時はまだ耐えられるぐらいの痛みで、陣痛の合間にはまだピースが出来る
ぐらいだったんよ。
陣痛はどんどん進み、やがて20分感覚に。
様子を見に来てくれた助産師さんに シャワーを浴びたり ボールにのってみたり
してはいかが?と言われて シャワーを浴びたわ。
温かいシャワーは気持ち良うて、陣痛が少し和らぐようだった。
じゃが、しまいには ボールに乗ってポヨポヨしとる場合じゃないわッ!と
ボールを蹴り飛ばして ベッドに転がった。
猛烈な痛みの中、ベッドへ移動するのは地獄じゃったけど、旦那に支えてもらい
ながら何とか移動したわ。

陣痛の痛みは、ほんま聞いとっただけに ぶち痛い。

最初はね やっぱり日本人じゃけね。やっぱり大和撫子っぽく
控えめに耐えて ポロリ(ピッコロ、じゃじゃ丸)と産んで
「さすが日本人!ギャーギャー叫ぶこともなく 痛みに耐えたのね」と
お医者さんや助産師さんに言われ ペロっと舌を出し、ちょっと小生意気に
ウインクをする・・・・・のが当初の予定だったのに。

実際はと言うと、ギャーギャー叫び日本語で吠えまくったわ(恥)
「いったーい!た、助けてえーもうダメ」→その一例
ほら、周りのポーランド人妊婦さんたちも 割と痛かったら お叫びになられとった
けん、うちも安心して吠えることが出来たんよ。

ギャーギャー言っても助産師さんに「しっかりしなさい」だの 小言的なことは
何も言われんかったのは ホンマに有り難かった。




(続く)







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