三段峡の紅葉
里帰り中、一日だけ家族4人で三段峡へ行って来たんよ。

晴れた土曜日、紅葉シーズンということで 人がまあようけおったよ。

お目当ての赤い紅葉はあまり無かったけれど
滝に癒されたわ

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船に揺られて見る眺めもまた良し

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三段峡からちょいと離れた所にある「吉水園」のもみじは見事じゃった。

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日本へ帰る度に 日本がもっともっと好きになる。
住んどった時には 当たり前で気がつかんかったこと。

この日ばかりは食欲も忘れて、自然の美しさを堪能したわ。


翌日からは「食活」開始

博多ラーメン、うまいい!

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日本滞在の残りの2日ぐらいで、一気に買い物をして 
スーツケース23キロ×2個 (フィンエアーは2個OK♪)手荷物リュックに7キロ
食料や本をたんまり詰め込んで 関空へ向かったわ。

1人で二つも持てるんかいなと家族には心配されたが、ええい乗ってしまえば
大丈夫よのう!と 意地で頑張りました、ハイ。

飛行機の窓から見たグダンスク
ここもうちの故郷となっとるのです。

一週間ぶりなのに妙になつかしい

ただいま。

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* おまけ *

実家のにゃんこ

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昭和ノスタルジー溢るる喫茶店
今回の弾丸里帰りで 思ったことがある。

変わりゆく故郷、広島。
広島駅周辺は すっかり綺麗に生まれ変わった。

お洒落なカフェやお店が立ち並び、洒落た人々がウフフと笑いながら
小指サイズのちっぽけなケーキをつまんでる。 (いや・・小指はさすがに
大袈裟すぎか)

でもッ、うちはお茶するなら あえて昭和臭のするようなレトロな喫茶店に
入りたい。

そういう所で 懐かしい思い出に浸ってみたいんじゃ。

人々が皆新しい洒落たカフェに入りよったら、レトロ喫茶店は経営がうまくいかんく
なって=閉店 なんてことになったらショックじゃ。

いつでも行けると思っとった所が、いつの間には閉店してしもうたら
何故もっと早うに行っとらんかったんかと後悔するじゃろう。

時はうちを待ってくれん。いつか行こうと思う所、今行こうではないか。

そして以前から気になっとった、広島市上温品にある 喫茶店「ブルーメ」に
足を運ぶことにしたわ。

しょっちゅうあそこを通るのに、今まで入ったことは無かったんよ。

正直、こんな町はずれにある喫茶店、誰か入る人がおるんじゃろうか。
ガラガラなんじゃろうなーと勝手に思っとった。

つぶれるのも時間の問題かもしれん、そうしたら閉店する前に行っとかんとな!と
思い立ち、お昼ごはんの時間に1人でふらりと立ち寄ってみた。

レトロな外観

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中へ入ってみて、びっくり! 結構人が入っとる。
厨房では、マスターが1人せかせかと動き回っとった。

1人なんで、カウンターに腰掛けた。

中は味わい深い、落ち着いた雰囲気。

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メニューもまたレトロです・て・き

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サイフォンコーヒー

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うちが頼んだものは かつ丼。
兼ねてから、外でかつ丼を食べたいと思っとったけえね。
→ かつ丼

マスターは慣れた手つきで、その場で玉ねぎや葱を切り、肉に衣をつけ始めた。

なるほど、注文を受けてから用意するんじゃな。

親子丼用の鍋に 玉葱と出汁を入れてグツグツ煮とる間
カツを揚げ、ザクザクっと切ったら 鍋に入れて 
再び煮たったら 卵2個入れてサっとかき回す →カウンターじゃけ全て丸見え

お待ちどうさま!と運ばれてきた 喫茶店のかつ丼 750円

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うん、お肉が柔らかく美味しい!よくあるような厚い衣に肉ちょっぴりのかつ丼じゃない。
味付けは結構濃い目じゃな。

シャキシャキとした玉ねぎもまた美味し。

かつ丼を家で作るときは、いっつもクタクタになるまで玉ねぎを煮よったが
こうして薄く切って シャキっとした歯ごたえを楽しむのもええな。
シャキっとしていながら 玉ねぎ独特の辛みもなし。

うちが味わいよる間も、人がどんどんやって来て、1時ごろには
ライス切れで諦めて帰っていく常連さんも。

創業何年ですか、とマスターに聞くと 「もう36年になります」とな。
うちの年よりも長いこの喫茶店
地元の人に愛されてきとるんじゃな、どうか いつまでも 
頑張って欲しいなと思ったわ。

食べ終わってお店を出るとき、お客さんは 「ここにちょうど置いとくよ!」と
言って カウンターにお金を置いて出て行く。

マスターはそのお金が合っとるか数えることもなく
「はい、ありがとうございます」と言うて せっせと料理を続ける。

信頼関係が築けとる証拠よね。

今度は息子と旦那も連れてきて、ホットケーキとクリームソーダを頼もう。

久々に毒々しいほどの緑色のソーダとバニラアイス、真っ赤なさくらんぼの
ソーダが飲みたくなった。
クリームソーダを片手に 幼い頃の思い出に浸りたい。




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思い出の呉へ
祖母が生まれ育った町、呉へ行ってみようと急に思い立ち、翌日
JRに乗って1人ふらりと呉へ向かった。

広島からだとJR快速だと30分しかかからん。
素朴でええところよ。

呉は昔は観光客なんてほとんどおらんかったんよ。

それが「大和ミュージアム」が出来てからというものの日本国内のみならず
海外からも 呉へ観光に行く人が増えたんと。

うちの義両親が来日した時も 「戦艦ヤマトの模型が見たい」と言うんで
連れて行ったわ。

大和ミュージアムブームが終わった後は、今度は映画「海猿」のロケ地となったことで
再び脚光を浴び、そして今はアニメ 「この世界の片隅に」で
話題となっとる。
ええことよのう。

呉駅で降りた後、観光客らしき人は皆 右手の大和ミュージアム側へ歩いていき、
うちは逆方向の左へ向かった。

JR呉駅から徒歩で10分ぐらい歩いた所に、祖父母と昔よく歩いた
「三条通り」がある。

一歩足を踏み入れると、そこはもう昭和臭が漂う

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過疎化して、ほとんどの店は閉まっとるが、まだ頑張って営業しとる所もある。

たこ焼き屋さんや天ぷら屋さん、果物屋さん。

80年代後半は、まだそれなりに栄えとった記憶があるが、最近はもう
寂れる一方。いとかなし。

喫茶店大好きだった祖父母と入ったかな。
記憶はおぼろげ。

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営業はしとらんが、看板はそのままという所が多かった。


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母が幼い頃は、この三条通は非常に活気があって、買い物が楽しくて
仕方なかったんと。
クリームパンが1個15円の、そんな時代だった頃ね。

色んなお店が立ち並ぶ通りから ちょっと外れたところにある銭湯
「寿湯」
祖父と一緒に行った覚えがある。
今はもう営業しとらんけど。

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通りを一通りぐるっと歩いた後、今度は祖父母の家の跡地を見に行った。

どうして跡地になっとるんかというと、祖父母が住んどった地域は平成13年の
芸予地震で住宅の一部が崩れたりと被害に合ってね。

危険でもう住めんということで、呉市に寄付したんじゃ。
ほいで、広島に移ってきたんよ。

急な階段を登って跡地を見にゆく

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地震の後、ほとんどの住民は立ち退いたようじゃが、今でもまだ住んでいらっしゃる方はおる。
この階段を毎日行き来するのは ほんま、えらいことよ。

跡地から見た景色。

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ふと幼い頃の記憶が蘇ってきた。

小さい頃、祖父母の家に泊まりに行って夜になると二階の寝室から 
これと同じ景色を見たこと
海が見えて、明かりがそれはそれは綺麗だったこと
時々ボーッという汽笛の音が聞こえてきたこと

つい数日前のことのようじゃ。

そんな記憶をたどっていると、無性に切ないやら懐かしいやらで
1人階段に座って むせび泣いていた。

その時カサカサと落ち葉を掃除するような音がして、急いで物陰に隠れたわ。

近所の人はまだ住んどるんじゃな。

こんな所を見られたらいけんわ。

こがぁに高い所で、海を見ながら泣く三段腹の女=人生に疲れて一生を終えようと
しとると思われてもあかんし。

一通り、懐かしい思い出に浸ったら、隠れるようにして階段を降りていったわ。

ヒエ~降りるのも怖い!

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階段の上り下りをしたら、急に空腹に襲われたんで、ここいらでお昼にすることにした。

魅惑的なかおりを放つ天平か

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いや、やっぱりお好み焼き屋さんにしよう。

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こういうローカル臭漂うところにあるお好み焼き屋の店主はきっと
お喋りで気さくな方なんよ。
ちょいとばかり 現在の呉事情を聞き出そうということが目当てで入った。

店内に入れば、ちょうどお馴染みのお客さんと思われる方が店主と話中だった。

バリバリの広島弁、ローカル臭溢るる感じ。

肉玉そばを注文した後、どさくさに混じって、会話に入れてもろうたわ。

肉玉そば 660円だったかな?

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このお店は出来てから5年ぐらいじゃが、店主は生粋の呉っ子で
呉のことなら何でも知っとるという感じ。

こりゃええわいとばかり、商店街のことをあれこれ聞きまくった。

お客さんはほとんど地元っ子ばかりみたいじゃが、「海猿」のロケ地に
使われたということから、県外からここまでやって来る若者も増えてきたんと。

お好み焼きは、おいしかった。

でも、この一枚の肉玉そばから それ以上のものをもろうた。

人生に疲れたとき、三段腹を抱えて 何もかも投げ出したくなった時にこそ
まず、精神科の門を叩く前に
こういうローカルなお好み焼き屋に行ってほしい。

まさに「お好み焼きセラピー」よ。
かなり癒されたわ。

食後は、店主がおいしいよ!と言ったケーキ屋を覗いてみる。

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お店の外からショーウィンドーを覗いたとき、背中に電流が走った。

この付近に一軒だけある洋菓子屋さん
これは、もしやあの時食べたチーズケーキでは?!

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誕生日はいつも祖父母の家で祝ってもらっとった
この付近に一軒だけある洋菓子屋さん

その時に買ってもらったチーズケーキは きっとここで買ったものに違いない!
ここで出てきたチーズケーキね→ 昔の懺悔

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結構大きいチーズケーキ これで2000円は安いのでは?!

一台丸々買って帰るつもりが、シュークリームも買いたくなったけえ
家族四人分4切れ(一切れ260円)にして、シュークリームも買うことにした。

箱詰めをしてもらいながら、創業何年なんかゆーて聞くと
確か26年とかおっしゃっとったかな。
計算が合う。

昔食べたケーキに間違いない!

ケーキを手にして 店を出ると、何故か祖父が一緒に歩いとるような
そんな感覚が襲って来て、泣きながら歩いた。

事情を知らない人がこれを見たら、やっぱり人生に疲れた人かと思うかしら・・

続いて向かった先は、すずらん通り(本通)

この辺になると、観光客の方もちらほら見かける。
お目当ては、海軍の肉じゃがか はたまた呉冷麺か。

すずらん通りに来たならば、びっくり饅頭やフライケーキも外せんな。
うーん、それとも呉名物の「いが餅」にするか。
ばあちゃん、祭りのたびにいが餅を買いよったけえね。
↑食べることばかり

残念ながら胃袋は一つ、三段腹が四段腹になるのを食い止めるためにも
涙を呑んで一つに絞らなければいかん。

ということで、うちのチョイスは 呉名物フライケーキ
1個80円

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揚げたてサクサクの生地に甘いこしあんの組み合わせがたまらん!
呉のゆめタウンでは、呉名物ゆうて まがいものを売っとるらしいが、
あれは美味しゅうない。

フライケーキといやあ「福住」のよ。

昔は店内に無料のお茶が用意されとって、揚げたてをその場で食べられたもんじゃが
いつの間にはそういうサービスも無くなってしもうた。
無念なり。

フライケーキで締めた呉歩きは非常に充実したものとなった。

広島へ帰るときは、瀬戸内マリンビューで。

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息子が乗りたがっとったマリンビュー
すまぬ、せがれよ。写真で我慢しておくれ。

広島に着いたうちは、その足で祖母の入院先の病院へ向かった。

「おばあちゃん、両城へ行ってきたんよ!」 と話しかけると
「どうして?」という反応が返ってきた。

おおおーー!反応あったー!会話が成り立った。

かつてから、両城へ行きたいとうちが言うたびに
「どうして?わざわざ行くことないよ。なんも無いよ」と言いよった祖母。

ちょっとばかり心が通ったようで嬉しい瞬間じゃった。


* おまけ *

「シャルロット」のチーズケーキは完璧のあじ。
両城へ行ったら、是非是非 買ってみてや。

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故郷へ
「あの子はたあれ」っていう童謡を知っとる?


♪ あの子はたあれ たれでしょね
  なんなんなつめの花のした
  お人形さんと遊んでる
  可愛いみよちゃんじゃないでしょか♪


この歌を聴くと、いつも可愛がってくれた祖母のことが思い出される。
小さい頃、よく歌ってくれよったんよ。

そんな祖母の体調が急変し、危篤状態にあると親から知らせを受けて、急遽
単身で1週間ほど帰国することを決意した。

生きとるうちにもう一度会わんと後悔する。一目会いたいと。

フライト当日の朝、自宅から タクシーで空港へ向かった。

頭の中では、祖母との思い出がぐるぐる駆け回る。どうか待っといてや。
すぐ行くけえ。

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リニューアルオープンしたグダンスク レフワレサ空港

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6月に利用したときは、ちょうど工事中で ほとんど何も無かったのに、この変わりよう。

航空会社は、今回もフィンランド航空を利用した。

関空からはるかで新大阪、新大阪からのぞみで広島へ向かい、
広島駅へ迎えに来てくれた母の車に飛び乗り 病院へ向かったわ。

1週間前は状態がひどく悪く、覚悟をしといて下さいと言われたそうじゃが、
奇跡的に持ち直して集中治療室を出たそうな。

約五カ月ぶりに会った祖母は、残念ながら私のことはもう記憶に残っとらんようじゃ。
6月に会った時は、泣いて喜んでくれたのに。

そいでも、話しかけると答えが返ってくることも有ったんじゃ。

祖母の顔を見よると、ふいに祖母の生まれ育った町、呉市に行ってみたい
という思いに駆り立てられた。

呉はうちの出生地でもある。

呉へ行って、街中を歩き、その様子を祖母に報告しよう。

記憶の片隅から、何か思い出してくれるかもという淡い期待を抱いて。



* おまけ *

秋に帰国するのは、初めて。
よって、日本の秋を体感するのは実に7年ぶり。

庭には柚子が沢山実をつけとりました。
100個はあったな、確実に。

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旦那のニッポン旅行記
ポーランドに帰ってきてから2週間が過ぎ、ようやく
写真を整理し始めたと共に、旦那の日本での一人旅について
話を聞いたんで、まとめてみようと思う。

お勧めの観光地についてコメント下さった皆様、その節はお世話になりました。
→ 日本観光お勧めスポット 情報求む

まずは日本へ到着した当日、関空でJRパスを受け取り
(これがまた長蛇の列で!引き換えするために40分近く待ったわ)

新大阪まで行き、うちは単身で広島へ向かい、旦那と息子は大阪のホテルへ
一泊したんじゃ。

2日目からは、旦那目線で語ろうと思ふ。

2日目

息子と天保山のLEGOランドへ行ったり観覧車に乗ったりして
楽しみ、夕方 新幹線で広島へ。
広島駅で、息子と引き換えに ほか弁&ビールを受け取り、数分後 「ひかり」で
新大阪へ。
2日目終了

3日目

「こだま」で姫路城へ。

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以前からずっと行きたかったのでようやく願いが叶って嬉しかった。
桜が咲いてなかったのが唯一残念に思ったところだ。
仕方ないけれど・・・

4日目

高山へ行くために乗り込んだ電車の中で、日帰りで高山へ行くのは
とても無理だと気がつく(うちの声 ; また寝坊したんじゃろ、遅いわッ!)
仕方ないから金沢で途中下車して 兼六園を見る。

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5日目

今日こそ早起きして高山へ!と思っていた所、朝から生憎の土砂降り。
仕方ないので、この日は遠出せず、まったりすることに。
雨の中、大阪城周辺を散策し、コスモタワーから大阪市内の写真を撮る。

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6日目

高山への思いはきっぱり捨て(オイオイ、また寝坊したんかい。汗)
彦根城へ。

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この彦根城が素晴らしく良くて、今まで日本で見たお城の中で
一番良かった(それはうちも同感!)

その後、琵琶湖周辺を散策した。

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JRで琵琶湖周辺をぐるっと一周しようと思ったが、時間がなくギブアップ。

7日目

大阪のホテルを出て、四国へ向かう。

四国の車窓から

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夕方、高松へ着き、近くのうどん屋で「うどんを下さい」と言ったところ
「今日のうどんは売り切れだ」と言われた。午後8時近かったからだろうか。

うどん以外のものを勧められたが、どうしてもうどんが食べたかった僕は
店を飛び出し、うどん屋を探した。
だが見当たらない。

何故だろう、妻は高松といえばうどん、そこいら中にうどん屋が転がっていると
言っていたのに・・・。 

その時、目の前に現れたホカ弁のネオンに まるで蛍光灯に吸い寄せられる
蛾のように惹きつけられ、その夜はホカ弁を食した。

8日目

徳島県の「鳴門」を見に行く。

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高松から電車に乗って池谷という所で乗り換えをしたが
この池谷で 長時間待たなければいけなかった。
鳴門まで行くバスも1時間に一本しか来ず、待ってばかりの一日だった。

鳴門にて

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高松に帰って、栗林公園へ向かったが、既に閉園していた。激沈

9日目

高知へ桂浜を見に向かう。
アクセスが悪く、この日も待ち時間に時間を費やす。
桂浜へ向かう列車の中で、見て帰るには時間がかかり過ぎることに
気がつき、高知城だけ見て帰ることにした。

高知駅付近にて

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10日目

本場讃岐うどんを食べぬまま香川県を泣く泣く出て
愛媛の松山へ向かう。
途中、アンパンマン電車を見て、思わず興奮してしまった。

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松山市内をぶらついて一日が終わる。

11日目

高知県の大津へ向かう。
町並みがいたく気に入った。

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大津城や鵜飼の小船などを見て

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臥龍山荘(がりゅうさんそう)で寛いでいた所、とある観光客グループの添乗員から
英語で話しかけられる。

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そこで、日本語で答えたところ、マシンガンのやうに日本語でまくし立てられ
何が何だかサッパリわけが分からず、汗を一筋垂らす。
唯一聞き取れたのが「わびさび」だった。

その後、このやり取りをこっそり見ていたであろうおじいさんが僕に近づき、
ゆっくりと話しかけてくれた。

彼の日本語はとても分かりやすかった。
話を聞けば、この方 御年80歳で、お遍路めぐり中だとの事。

人生話に花を咲かせ、こういう出会いこそ、旅の楽しみだと
喜びを噛みしめながら帰路に着く。

12日目

宇和島へ向かう。

宇和島城

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ここで食べたうどん定食がボリューム満点でサイコーだった。

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13日目

食欲の満たされない妻と息子が松山に到着する。
1週間以上ぶりに会う妻は、会って早々 広島港のパン屋で買い求めたという
コロッケパンを「食べる?」と言いながら鼻先に押し付ける。

何でも実家では、菓子パンは太るからと言って食べたら叱責されるため
その反動もあり、広島港でチョココロネやメロンパン、カレーパン、コロッケパン等
日本でしか食べられない菓子パン類を買い求め、
フェリーの中で貪り食ったというので驚きだ。

その後、坊ちゃん電車に乗って 道後温泉まで行く。

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気がつけば、妻の姿が見えず、どこへ行ったかと息子と共に探していたところ
一軒の箸屋の前にて、熱心に店員と話し込んでいるではないか。
30分近くも店内であーだこーだと迷われ、正直 疲れが顔に出てしまった。

道後温泉を出た後、松山城や大街道などを散策して楽しむ。
夕食の時間にはまだ早い6時すぎごろ、お腹がグーグーと鳴りだす。

妻に聞けば、ちっともお腹なんて空いてないと言う。
それはそうかもしれない。

彼女は昼食をとった焼肉屋で、モリモリとご飯を2膳食べ、おまけに
息子の残した冷麺も勿体無い、と言いながら食いつくしていたから。

このパンでも食べて我慢しなさい!
と差し出されたコロッケパン一つを噛みしめながら
夕食の時間が来るのをじっと待つ。

夕食は、ホテル近くのフジグランのフードコートでとることにした。
が、フジに入った途端、妻は時計を見るなり
 「7時すぎ・・・・この時間はシールの時間よッ」と叫び、食品売り場へ
駆け出した。予定変更。

何でも、日本ではお店が閉店する前、惣菜や弁当などを安く販売するそうだ。
ポーランドでは、そんな事は無いから驚いた。

食品売り場に行くと、妻の言った通り、店員が次々に惣菜や弁当に割引シールを
貼っているところだった。

妻は、早速ゲットした半額の海鮮ちらし寿司を手にして満足そうである。

僕は、何か辛い物が食べたくて、鶏のから揚げのようなものにコチュジャンソースが
かかったものをチョイスした。

さて、ホテルに帰って夕食にする事にした。
フロント近くの電子レンジで唐揚げとご飯を温めて、さあいただきます!と
言おうとした所、妻が悲鳴をあげた。

「 これ、小蟹じゃない!!何でこんな物を買ったの? 」と。
よく見ると、棒付きから揚げだと思っていたものは、小蟹の足だった。
お腹がペコペコだった僕は ショックで奈落の外に突き落とされた気分だ。

妻は 「私がよく見てあげれば良かった」と横で嘆いていた。
3割引シールに目をとられて、どんな物か確認する余裕は無かったと。

よく考えれば、唐揚げなら1パック300円ぐらいのところ、それは450円もしたので
おかしいと気がついたハズなのに。

妻や息子が彼らの弁当を分けてくれようとしたが、僕は生ものは好んで
食べないし、息子のコロッケなどは ご飯のおかずにならない。

嘆いてもしょうがない、これ、どうやって食べるんだろう、と思っていると、妻が
「殻ごと食べるの」と言って、何と殻ごとバリバリと食した。

そんな物、食べられるわけがない。
エビフライの海老の尻尾でさえ 食べる気にならないのだから。

中身だけ穿り出してみようとするが、小指の爪の先ほどの身しか
ほじくり出せなかった。ピリ辛で味は良いが、食べた気がしない。

しばらく小蟹と格闘していたが、諦めて、蟹の殻についたコチュジャンソースを
ご飯になすりつけて、食べることにした。

悔しくて悔しくて、食べながら この「蟹」という漢字を永遠に忘れまいと
心に誓った。

2週間に亘り、日本を散策したが、一番良かったところは何と言っても四国だった。
四国では、人が親切で、時がゆったりと流れている。

広島へ行った時、妻の家族や友人達から 「旅のどこが一番良かったか」と
口々に聞かれた。

僕の答えは、観光を楽しむなら、愛媛の松山が一番。
道後温泉やお城など見るものが沢山有り、アクセスも良いからだ。

雰囲気を楽しむならば、高知の大津を強く勧める。
ここは今まで行った所で、ベスト1に入るほど 素晴らしい所だった。


(完) 


以上、彼の意見をサックリまとめてみました。

今回の旅行で、彼はますます日本が好きになったようで
帰ってからも、いや~日本はいい、最高だ!と連発しよる。

来年もまた行く気らしいが・・・(汗)
妻としては、2年に一回ぐらいにしていただきたい。

お金、かかるしね・・・その分、引越し代にまわして欲しいんじゃが。

でも、自分の生まれ育った国をこんなに愛してくれて素直に嬉しい。

今度は鶏唐揚げのコチュジャンソースを一緒に食べやうね。


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